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Project #21 - #30

Photo by : Ryuhei KAIHO

#21 Before giving a name

文 / 東亭順(現代美術家)

障子のような構造をした背丈より少し高い立体物が床に置かれていた。角材で綺麗に組まれた格子状の構造体に赤や白や濁色によってところどころ彩色された麻布が張られ、それが木枠の側面にキャンバスタックで等間隔に打ち付けられている様子から、それはキャンバス作品であり「絵画」であることを示しているように見えた。ただしこの立体物の片端は湾曲しながら麻布に綺麗な三次曲面を形作らせており、鑑賞者はその裏側まで自然と導かれることになる。他の作品もキャンバスの構造に手を加えながら同じように三次曲面を作らせていて、その張力の仕掛けを見せつけるかのように壁や床に展示されている。しかし、それらは表裏が明確に配置されており、冒頭の作品が明らかに質を異にするものだったという事がわかる。つまり、作品の表裏を問いかけるてくるように仕掛けられていたのだ。それは一見絵画らしい構造を保ちながら、窓から差し込む自然光が麻布の粗い織り目を通り抜け──絵の具によって光が遮られ陰となり──木枠の影を画面に落とし──描かれた図像以外の情報が多く舞台裏のような印象を持つものだった。木枠と画布の関係では表側であるはずの面が後ろ向きに配置されていたのだ。だがそもそも360度から鑑賞できるように作り配置されているこの作品は絵画に分類できるものなのか。かといって立体作品なのかと言えば絵画的要素の強さがその考えを受け付けようとしない。

 

私が企画した展覧会に田中くんはこれまで二度参加してくれた。紙の薄さや伸縮性を利用した作品や画板を分解して再構成したものなど、規格通りのサイズを用いた身近な素材にあえて手を加えた作品だった。どれも美術作品につきまとう完成までの長い道のりを示す手数や労力を極力感じさせまいとするある種職人のようなスマートさを感じさせ、禁欲的とさえ言えるものだった。この姿勢は本展の作品にも通じている。偶発的に生まれる絵の具の表情はほとんど見受けられず、画布を支える木枠の比率や寸法を基準に色面で丁寧に塗り分けられ、本来であれば画家の腕の見せ所ともいえる筆致をなるべく残さずひっそりと定着させている。また、作品タイトルは4桁の数字のみが並び、S2号~M300号といった規定サイズとともに数学的に表記されていた。

 

田中くんは以下のような文章を本展に寄せている。

「人は意味を決めること或いは知ることによって物や事の認識を共有可能にしているが、同時にそれは思考することも完了されてしまっている状態と考えている。そのような認識を表現の素材とし態度を変更することで、物や事との関係を再構築する。(後略)」

 

この「名前を与える前」の作品群は、既製品を分解し、本来の目的とは異なる形に成形していくという工程で生み出された物たちだと言えるだろう。それは、既にある物質や規定された物事の原則が留まる境界線上で、一旦宙ぶらりんの状態を獲得するべく細工を施し、創作物の立ち位置を開拓していく態度なのかもしれない。つまり、冒頭の作品[4378 / M300号]は、絵画という形式における画布を支える木枠のデザインから構想されつつも三次曲面を生み出すことによって表裏の関係を解体し、二次元から解き放つことを目的とした床置きのキャンバス作品なのであり、それを「どう名付けるか」を問うものだ。常に新しい視座の獲得を目指して彷徨い、画架を捨て、壁面からも逃れようとしてきた歴史、絵画という媒体の魅力。その実体を探求し続けて新しい表現を模索する美術家は後を絶たない。それは湧水が谷を削り大河となって大海を満たすという自然の営みにも例えられるが、実際にはあらゆる分野において横断を前提とした細分化が推し進められ、大海原からまだ見ぬ源泉をそれぞれが目指すようなふりをして河口あたりの汽水域で漂っているかのように映って見えはしまいか。だが今回の田中くんの展覧会からは、未だ見ぬものを生み出そうという純粋な姿勢が窺え、いつかその行為に名付けるのだという意志を感じた。それは、名もなき行為を目撃し記録していくという我々のプロジェクトの原点に通じるものだ。

Photo by : Ryuhei KAIHO

#22 不在の向こう Over the Absence

文 / 東亭順(現代美術家)

薄暗い室内、何色か判然としない塗装の剥げたグレイッシュな壁、古寂びたダークグレイの床、朽ち果てたような空間。中央に置かれた鉄板のテーブルが奇跡的な水平を保ち、何者かの不在を色濃く漂わせている。朱色の錆止めが塗られた大きめの矩形フレームが壁に掛けられ、中心から人物らしき像が朧げにこちらを見ている。その像と対峙するように鉄製の椅子がテーブルを挟んで置かれ、座面のくり抜かた部分に瞬きを続ける片眼の映像が流されている。右手の壁面下部では36.0℃から40.0℃までを表示するデジタルカウンターが赤く光り、ゆっくりと上昇を繰り返している。備え付けの洗面台と鏡、前時代的な古びた窓から差し込む光さえ作品と同化し、さながら哲学的な映画のワンシーンのようだ。

 

会期中のオープンからクローズまで、この展覧会を私は毎日見続けてきた。これほどまでの長時間、自分の作品以外と向き合った経験はない。鍵を開けて扉を開き、看板を運び出し、アルコール消毒液をセットし、換気のために窓を開け、シーリングファンとサーキュレーターと空気清浄機をつけ、軽く掃除を終えてひとまず一服する。そして、正面に見える朱色のフレームの中の像と向き合う時間が始まる。作品もグレイッシュだが、色の剥げた壁のそれとは異なり、湿気を帯びた気体の持つ風合いだ。その像をじっと見つめていると、そのうちにどちらを向いているのか判然としなくなる。近づいて目を凝らすとそれは背景に溶け込み、何を見ていたのか分からなくなる。そんな希薄で曖昧な世界を封じ込めるかのように強固な鉄製フレームが像と背景を囲っている。この作品は、まずデッサンしたものを撮影し、出力した写真を木製パネルに貼り、鉄製フレームに収めたものである。制作に際して撮影後の加工は一切しないというから、そもそも原画となるデッサンには、濃淡による強弱がほとんど見られないのではないか。視力の衰えから撮影時のピント合わせが困難になってきたとも仰っていた。もとより「ピントを合わせる」とは被写体を明瞭に撮影するための行為だが、相手は輪郭の判然としない朦朧としたデッサンである。そこにピントを合わせるということが、作品の鍵となる行為なのかもしれない。つまり、カメラのファインダーを覗き込み矩形の枠に被写体を収めることで結ばれたぼんやりとした像が、いま矩形の鉄枠で内と外を隔てられて目の前にあるのだ。これは作者がファインダーを覗いてシャッターを切った瞬間の再現なのか。手間をかけて不確実な身体を凝視する理由に興味が湧く。

 

一般的に一眼カメラでの撮影では、片眼でファインダーを覗き、レンズ越しに見える被写体にピントを合わせ、露出計を操作し、息を殺してシャッターを切る。この瞬間だけは瞬きを強く意識する。この瞬きとシャッターの関係を通して捉え直すと、今回の「瞬きを続ける片眼」の映像作品で、作家は何かを見つめながら断続的に瞬きというシャッターを切っているといえる。しかし、片眼だけを近距離で撮影する場合、その視線の先にはビデオカメラのレンズしかない。いや、レンズの暗い世界には自分自身が映り込んでいるはずだ。だとするとそれは、レンズに映り込む自分自身に向けて瞬きというシャッターを切り続けている片眼の記録映像、ということになる。椅子は本来であれば正面の壁に掛けられた像を正視する位置に置かれているのだが、映像作品が座面に組み込まれているので座るものではないことがわかる。染みだらけの天井に向けられた視線は、レンズに映り込む自分という見つめる対象から切り離され、座るという用途を椅子から奪い、宙を彷徨いながら不在に向けられている。

 

瞬きを繰り返す片眼の先には作家自身が映り込むレンズがあり、レンズを通して自ら描いた霧のような人物像に照準を合わせる。カウンターは留まらずに上昇を繰り返し、静けさの中に血流を生み出している。不在という空白の存在を受け入れたその向こうに、未知なる奇跡を身体に見出そうとしているのではないだろうか。勝又さんは、これまでも人間の身体を制作における重要なモチーフとして位置づけながら、「不在の向こう」という題名で繰り返し発表してきた。そして本展では、ザラついた無骨な空間の特性を最大限に引き出し、異物を飲み込みながら丸ごと作品とした。視覚によって巡り合う価値を追い続ける姿勢と、不在の向こうを見据えるための新しい表現手法によって、不在であるがゆえに想像を掻き立てられる劇空間が森閑と広がっていた。現実の生活が複雑さを増し混沌を極めていく一方で、不確実な要素を丁寧に掬いあげ、白と黒の間に横たわる限りないグレイの階調の中を自由に行き来しながら生み出された説明のつかない、まだ名前を持たない行為を拒絶せず、視線を投げかけ、それを巡り合いと捉えることができるかどうか。そう不在の向こうから問われているような作品空間だった。

 

Photo by : Kazuyoshi  SAKAI

#23 現れの場  The Space Of Appearance

文 / 西崎隆信(大工)

彼からの依頼は壁を切り取りまたもとに戻すというものだった。通常の作業であれば、移築であれ、移設であれ、全く元のまま戻すということはない。造作的にきれいにするとか、使い勝手を良くするとか、造作物に手を入れるものだ。それが今回の作業は、切り取り、斜めに吊るし、また元に戻すということだ。だが、古い壁だ。ベニヤはぼろぼろ、柱ももろくなっている。吊るすには軽量化と骨組みの強化が必要だ。そのままの壁を吊るすことは、無理だ。どの現場でも施主の希望と、物理的現実の間には大きな乖離がある。芸術だろうが、住宅だろうが、三次元の世界では制約を受けざるを得ない。吊り終わったとき、施主(酒井氏)には感謝の意を述べられたが、どこまで彼の意図が反映されていたかは分からない、ただ現実の範囲でできる限りの事はやり切ったと自負している。

 

展示が終わり、壁は元の古ビルの壁となっている。切り取られ、吊るされ、元に戻された。それだけの事だが、観客の目にさらされ記憶された物は、壁でなかっただろう。俺の中の壁が、内と外、境界の意味をも変質させられたように。閉じられた空間を開放し流れる時間を分断する、個々の記憶の中の存在が、同じでないことを改めて意識させられ、漠然と感じていた記憶というものの変容を意識の表に乗せられる。変容させられた記憶が、物質として目前に置かれるとき、記憶はしばしば留め置かれ結晶化に向かうだろう。この時言葉による結晶化を求めるなら、それは、固定された概念に記憶を閉じ込める作業となるだろう。言葉に置き換えられたとき意識は確定され硬化し停滞する。形を与えられたものは、視覚化・具現化により陳腐なものとなり、異様さも神秘さもはぎとられていく。だが、それもまた面白い。世にあるものは、すべからく、手あかがつき、陳腐になりいずれ跡形もなくなるものだから。形あるものも、ないものも、いずれは無に帰していくものだから。俺の仕事も建物が壊され、俺がいなくなれば無となる。

 

だから、生きているうちに色々とやってみたい。この仕事は、面白かった。いずれ無となっても、俺は面白かった。だから、またこんな仕事がしたいね。芸術家の皆さんどうぞ、面白い仕事を俺にさせてくれ。難題ほど燃えるからな。度肝抜かれるようなアイデアを持っているやつはいるかな。今、この世の中「なんじゃそりゃ あほくさくてやってらんないぜ」って感じだけど、なんかしてないと死んでるのとおんなじだからね。せめて楽しく感じることしてたいね。

Photo by : Kazuyoshi  SAKAI

#24 闇の中の白い正午 - 不確定性正方形 - The glaring noon in the dark - Indefinite Square

文 / 烏山秀直(画家)

光になりたい ——倉重さんは作品を前に私と話しながら今後の展開へ向けて静かにそう呟いた。

倉重さんとは、スイスで開催された企画展で一緒になったことがきっかけで知り合い、以降お互いの展示に足を運ぶようになった。それから数年が経ち、今回私たちの運営するスペースでの展示が実現する運びとなった。それは、いまなお手探りで前進し続ける作家の新たな展望を予感させるものだった。

展示は三つに分かれた空間それぞれに作品を設置する構成だ。最初に入った空間は作家の代表的作品、人間のシルエットを持つ立体EBE(イーバ)が壁面に、複数のネオン管装置が床の端に配置されている。双方が発する光が空間を濃く青い色彩で満たし、異質な輝きを放っていた。次の空間に足を踏み入れると、鉄のフレームで囲われた制作年の異なるドローイング数点が、互いに緊張感をはらむよう慎重に配置されている。最も引きつけられたのが、支持体となる白い画用紙に正方形の枠をとり、その内側に濃い黒の絵具を塗りこめた作品だ。近づくと指で描かれている。聞けば闇を作り出すため目を閉じて描いたものだという。絵具を付けた指先に意識を集中させ、触覚のみを頼りに支持体との行為におよぶ。色と支持体との明度対比によって、描かれた行為そのものを痕跡として確認することができ、作家が画面に費やした時間と過程をありありと見ることができた。

二つの要素で構成された新作、今回のタイトルでもある『闇の中の白い正午』は最後のメインスペースに設置されていた。第一の要素は、絶えず点滅する実験的映像である。紙の支持体上の正方形の枠内を木炭で黒く塗りつぶすところを撮影し、次に消しゴムで戻るように、あるいは描くように消していく痕跡を撮影する・・・その工程を幾度となく繰り返したのち、1秒間に14枚の画像として差し込み、編集したものを壁に投影したものだ。白と黒が交互に映し出される明度差の大きなそれは、もはや「映像」ではなく眩しい光の連続を網膜に焼き付けられるかのようだ。第二の要素は、その動画が映し出される壁面とシルエットが重なる枠内全面に、作家が数日間かけて白いチョークを手で執拗に擦り付けたものである。経年劣化が著しいこのスペースの壁面には深さや長さの異なる傷が無数についているのだが、絵具などと比べマテリアルとしては定着に不向きなチョークを作家は選択している。壁の傷に喰い込むようにチョークの粒子が一体化したり、辛うじて付着し、落下し床に落ちた欠片も生々しく存在していた。擦り込むという触覚的行為は、手の表面が熱を持ち、腕や体全体も動かすので疲労感の伴うまさに身を削る行為だ。だがその恩恵として、灰色の壁面が僅かずつではあるが白く輝き明るさを獲得し、やがて光の大枠として姿を現わす。

 

これら素材の差異、表現方法による対比が同じ壁面に同じサイズで重なり合い、1つの作品になろうとして生じる衝突によって、イメージの重層度が増し、作品内部から魅力と問題が湧き上がる。と同時に見る者に瞬時にして大量の情報量を突きつける。仄かに暗い部屋の壁面に映像の光を頼りに直接手で描くという行為は、炎の明かりを頼りに描いたであろう洞窟壁画を、そこで描く人類を想わさせた。ラスコー、アルタミラやショーヴェなどの洞窟壁画が描かれた時代は2万年前とも4万年前とも言われるが、詳細はわからず、その目的も含め未だ議論されている。いつ描かれたのか正確に知るよりも同じ立場に立ち、「何故描くのか」という動機に思いを巡らせること。この作品には、洞窟壁画の時代から現代までの時間軸を無効化することで見える、人類共通の景色がある。つまり、「描く」という行為の原初的感覚や感情を喚起させることで、「何故描くのか」という絵画の宿命ともいえる問題を浮き立たせているのだ。「人は何故描くのか」という問いと、「光になりたい」という作家の言葉がここで結ばれている。崇高な想像力を駆使しなくとも、私たちの周りには常に意識から漏れてしまう景色が広がっているのであり、それらに注意を向けることで新たな切り口が開かれるものだが、現実はそう容易ではなく、美術家、いや誰もが日常に絡め取られ洞窟の中で苦しむ。けれども、生きてきた時間、思考した時間、実践した時間が幾層にも重なり合うこと、あるいは取り払い、常に組み換わることで、なにがしかの光芒が射し込んでくる瞬間は必ず訪れる。その光が照らし出すものを頼りに我々はまた次の制作へ向かうのではないか。

 

「絵が描けるかもしれない。」と倉重さんは作品を前に打ち明けてくれた。そこには「やっと」「ようやく」憧れていた場所へ辿り着けそうだ、といった心境が滲んでいるように思われた。自由で挑発的たらんとするこのスペースでの展示経験が、次回へのきっかけとなってくれたのならば光栄である。ともあれ、今後の制作活動において非常に重要な言葉として私は受け止めた。絵画=光への強い憧れを胸にまた洞窟のような暗闇に作家は身を投じ、その思考の先にある新たな光を見つめているのだ、と。